織田信長の時代は、クリスチャンにとって良かったわけですね。ところが、やはりその信長も、本能寺の変で、取り去られ、急な変動の時代は続くわけです。こんな時代だからこそ、普遍的な、変わらないものが人々に求められていたのだと思います。彼らもまた、本当に変わらないものを求めていた方々だったと思うんですね。
 ところが、豊臣秀吉の時代になって、クリスチャンへの迫害が始まるようになったのです。そして、彼らは、日本で、初めての殉教者となっていきました。24人の方々は、京都で捕らえられ、二人の方々は、長崎まで行く間に、加わっていきます。彼らは、決して、キリストを信じることをやめようとしませんでした。彼らは、たとい命が奪われようとも、大きな愛で愛されていることを疑おうとはしませんでした。そして、命を投げ打って、天国の存在と、キリストを信じることの素晴らしさを、語り表現して、喜びつつ殉教して行ったのです。その時、その殉教地の西坂には、4000人の人々がいたと伝えられています。