今、現在、そしてこれから.終末、黙示録の時代に近づいてきたとはいえ、そのことで悩んでた若き日のあの頃のことは、今になって、正しいことを見分ける為に、神様が私に備えさせて下さった事柄だったのだと最近、そう思えるように、私自身が変えられてきているように感じます。小学生の頃、ノストラダムスの大予言を間に受け、1999年7月に空から恐怖の大王が降ってきて全人類が滅びるなどと、信じた私が、アホでした。しかし、気づいたことがあります。実際に、1999年7月になった時、私は何をしていたかというと、その頃は仙台にいて、教会で、この預言の本が雲の間にある虹出版から発売され、本屋さんに行って、各店舗に預言の本を置いて売り出すという働きに翻弄していたのでした。私の場合、旦那さんに車の運転をしてもらい、片っ端から知っている本屋を転々と周り、いきなりダイレクトに、カウンターの店員さんに、この預言の本を置いていただきたいと申し上げ、ダメそうな場合は、店長を呼び出していただき、そうすると、ほとんど周った店舗で、確か14店舗位は、預言の本を置いていただけるという、神様の恵みを経験したのを今になってから、新たに思い起こしています。1999年7月が来た時、私は偽物の予言ではなく、聖書的に正しい神様からの「預言」の働きの為に自分が生かされていたことを深く感謝しました。その気持ちもあって、預言の本を売り出す時、旦那さんを振り回しているような感じで申し訳なかったかもしれませんが、大奮闘の日をあの1999年の7月、神様の為に必死?になってる自分がいました。(つづく…)