「信仰は聞くことから」と、ローマ10:17にあります。
 奇跡の話を聞くことは、私たちの信仰を強めます。
 パウロ秋元さんの息子さんが、脳障害がいやされたという、奇跡的なお話を皆さんも聞いているでしょう。
 聞いていらっしゃらない方もいるかもしれません。はっきりと、医学的な証拠が残っていて、脳が壊死していたところが、良くなって、スキャナーというのか、レントゲンというのでしょうか、その写真を見ると、穴が空いていたところが埋まって、癒されてしまったのです。
 お医者さんも、治ったら奇跡か奇跡的ですと言っていたのが、治ったのです。聖書の賜物の話からいうと、奇跡的な癒しで、奇跡ではありませんが、かなり奇跡に近いいやしでした。
 
 でも、このいやしは、明らかに、イリエさんの証を聞いたあと起きていて、その証が、パウロ秋元さんに信仰を与えているのです。イリエさんの息子さん、ベンジャミン君が、車で頭を引かれて、瀕死の重傷だったのに
病院に運ばれていく車の中で祈っていたら、頭の形が元に戻り、お医者さんに診てもらう時には、もう元気になってしまった。頭に、タイヤの跡は残っているのだったが、頭を引かれたと言っても、お医者さんは信じてくれなかったと言う話でした。これは奇跡です。
 この話を、パウロさんのベニヤミン君の脳障害の病が発覚する直前に、パウロさんは、集会でイリエさんから聞きました。私もその集会に集っていましたが、まだその時は、ベニヤミン君が、脳障害の病気とは知りもしませんでした。
 ですから、信仰は聞くことから、なんですね。
 だから、このように奇跡のお話を並べることは、「そんなことってあるの?」と思う皆さんにも、
信仰が与えられ始めていると信じることができます。