以前、救われた時、イエスキリストを信じ始めた時といいましょうか、私が信じるために、神は、待っていてくださったと、思わされたことがありました。

教会に行き始めた頃、ルカの福音書という聖書の書簡から、放蕩息子のたとえのメッセージが、語られていました。聖書の比較的、有名な箇所です。財産の分け前をもらって、遠いところに行って放蕩してしまった弟息子を、忍耐深いお父さんが、ずっと待っていて、ボロボロになって帰ってきたところを、愛を持って迎える、という感動的なお話のメッセージでした。

たとえや、例話のお話を交えつつお話がなされて、そのメッセージを聞いていた時に、神が私を待っていてくれたということがわかりました。確かに、神は忍耐深く、いつも、私たちを待っていてくださるのです。