Iヨハネ1:7−9 聖書箇所ですが、イエスキリストの十字架の事柄と、告白するときに赦されることと、書かれてある箇所です。第2礼拝でも9節が語られていました。十字架の恵みは、不思議な神の恵みです。罪を犯していない者ののように見られ、祈りが聞かれてしまうのは、恵みです。信じることを語られているこのとき、罪の自覚が、深くなればなるほど、この十字架の恵みは我々にとってより大きくなると言えるのではないかと思わされています。例えば、「私たちは、どうにもならない罪人」という言葉が、心にしっくりくるならその人の受ける恵みは大きいのではないでしょうか?我々が愛されているのは、神の大きな恵みのゆえです。