4月になり、神学校の授業もまた新たに始まりました。授業のメッセージのお証で、この世のものは、みな「ちりあくた」ということが、とても心に触れられています。私の人生において、後悔していたことが、血管のつまりのようなものが、ふっと、とれた感じです。ある解放を受けたんですね。神様の光が心の闇を消していただいたのとおもいました。今朝は日曜礼拝を迎えた朝、ふとまた、「ちりあくた」の言葉が浮かんでいて、朝からその言葉が、響きっぱなし。礼拝に向かう道も、信号を待つ時も。そして、第二礼拝では、ピリピ3:7〜9が開かれ、「〜キリストのゆえに〜それらをちりあくたと思っています。」牧師さんのメッセージからも、ちりあくたという言葉が。感動しています。H