こないだの、礼拝でのパウロ牧師のメッセージですが、十字架の赦しの恵みと、
御霊によって変えられていくことに関して。

パウロ牧師が、非常に不思議に感じたことがあったわけです。その一つは。

自分は、伝道者にはふさわしくない、裁かれるのではという、思いがありながら・・・。

ところが、ジョージミュラーの本を読んで祈った時に、
素晴らしく祈りが聞かれ、祝福されてしまった。
「どうして、このような罪人なのにこんなに、祝福されていいのか」という思いです。

これこそが、不思議な十字架の神の愛だったのです。

そして、二つ目の不思議。

それは、どんなに一生懸命やっても、自分の力では変わらない自分、ということです。

これこそ、変えるのは自分や人ではなく、聖霊であるということ。

この二つのことに気づいた、悟りを神が、明確に与えてくださったということ。
これら二つは、いずれも、信仰による祝福なのだということです。

もう、聞いていたメッセージでしょう。
でも、私も気づいたのは、私の中に、あるなぜに、それが、十字架の不思議な愛と
だと
気づいたということです。
みなさんの、中にある、不思議ななぜ、それの答えは、十字架の愛と、御霊による
力が答えだと思います。