イスラエルでガリラヤ湖のホテルのところで、早天祈祷を持っていました。
ホテルの庭が、ガリラヤ湖に接しているような作りになっているホテルに、私たちはいつも泊まります。

その庭には、プールがありまして、さすがに、私たちチームの方々は、入りませんが、ホテルの別の宿泊客は、自由に入ったりしているようです。
早天祈祷をしている時に、急に、あるところから、私たちが祈っているところから5メートルぐらいのところから、急に水が出始めました。

プールサイドを、お掃除する目的もあってか、水がどっと流れ始めたのです。でも、最初は、私たちのところには水は届くまいという感じでしたが、
だんだんと、その水が近づいてきたのです。4人で祈っていた時、早天リーダーの足元に、その水が届き、「うわっ」ということになりました。靴を履いてればなんともなかったのですが、早天リーダーがスリッパでしたので、足が濡れそうになって、祈る場所を少し変えました。

5分ほど祈っていたのですが、私は、その水を見ながら、目を開けて、警戒しつつ祈っていました。
すると、じわじわとまたその水が広がって、また、早天リーダーの足に近づき始めたのです。それでまた濡れそうであることを、お伝えして、さらに
場所を変えました。私たちは、突然の水の難から逃れることができました。

今、聖霊の働きが、まるでその時の水のように、私たちに迫ってきています。でもそれは、決して悪いことではなく、素晴らしい事柄です。
パウロ牧師が、メッセージの中で、神様に「そうではなくて、それは不信仰である」と、語られたという、ご自分についての証のお話をした時に、ぐっと、心に迫る聖霊の働きを感じました。そして、ご自分の「不信仰が、見えてきた。」とお話しされた時、涙が出てくる、聖霊の働きと迫りを感じたのです。

パウロ牧師は、私たちのことは何も言ってないのに、私自身の、不信仰を悔い改めざるをえないような。 まさにこれが聖霊の働きと感じる迫りです。
そのことを、また私が、集会で、イスラエルで話すと、また、聖霊の特別な働きを感じました。

そして今日、第7礼拝で、窪田牧師が、パウロ牧師の「不信仰だと語られた」とのお話しをすると、また、その聖霊のグッとくる働きを感じました。

ヨハネ16:8その方がくると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りをを認めさせます。