パウロ秋元牧師が、小さい頃、サムライに憧れていた、というお話を、メッセージでしていました。そしたら、自分の先祖は、サムライで、武士、殿様であった
という、お話をしてくださいました。

そのあと、もしかしたら、私たちの遠い先祖が、イスラエル部族かもしれない、というお話で、黙示録の14万4000人のお話を聞くことができました。

それで、もちろん、まだ、私たちの先祖が、イスラエル民族かどうかは、まだわからないとしても、興味深い研究をしている方は多いのです。

その一つに、ヨセフ・アイデルバーグさんの本(「大和民族はユダヤ人だった」)に書かれている、面白い話をします。

この「サムライ」という言葉です。この言葉は、現在、日本人が世界で、サムライ・ジャパン、なんて、野球の戦士・選手を、さして言われます。

このサムライという言葉の意味は、侍。 「侍う(さぶらう)」とは、   身分の高い人や敬うべき人のそばに控える。つまり護衛するとの意味合いの言葉です。

侍う人が、侍であり、護衛する人、見張る人、ひいては戦士が、侍、サムライの意味です。これは日本語の話。

ところが、一般的な、ヘブライ語で、①シャマル(SHAMAR)という言葉で、意味は、護ること、見張ること、防御すること、の意味の言葉があるというのです。
そして、〜AI,(何とか)アイで、〜する人  という意味になるそうで、シャムライで、護る人、護衛する人を意味する言葉になるというのです。
「大和民族はユダヤ人だった。232ページ」

そうすると、「日本語のサムライ(SAMURAI)と、ヘブル語のシャムライ(SHAMURAI) 」が同じ意味になると、ヨセフ・アイデルバーグ氏は言っているのです。

本当か、と思いまして、翻訳機で、「見張人」と日本語を音声で入れると 「シュメル、シャマル」  という言葉が音声で返ってきました。

旧約聖書の列王記第一16章24節にサマリヤの由来の箇所があります。
イスラエルは、北イスラエルと南ユダに分かれ、いまだに、先に捕囚された北イスラエルの10部族は失われた10部族といって帰ってきていません。
この北イスラエルの首都がサマリヤだったわけです。(ちなみに南ユダの首都がエルサレムです)

このサマリヤは、山であり、そこに町を立ててサマリヤという名が付けられたのです。このサマリヤという意味は、見張り台  という意味であると、
チェーン式の聖書をコンコルダンスのサマリヤのところを引くと出てきます。そしてサマリヤは、このみことばの箇所から、シェメルの名にちなんで
サマリヤと名付けられたとあります。シェメル、は、① シャマル 見張る  という意味ですね。

戦いのために、見張れる地域に作った北イスラエルの首都の名、見張る山、見張り台 が、サマリヤの名の由来。

ヨセフアイデルバーグの本には、このように似たような音声で、同じ意味の言葉が、ヘブル語と日本語に沢山あるというのです。

さて、侍、サムライ、の話に戻すと、もし、日本語のサムライとヘブル語のシャムライが同じ言葉だとするとして。

そうだとすると、見張人、護る人、護衛する人、戦士が、サムライ、シャムライ、だとして。

面白いですね、日本人は、サムライに象徴されるような、世界の見張人、霊的な戦士なのかもしれません。

神様の前に、クリスチャンは、世界を見張っている、見張人であるべきです。世に警告をする人ですし、そして、サタンに対して
霊的な戦士ですね。日本を象徴する、サムライのイメージ、パウロ牧師の憧れていた、サムライ。

これが、日本人に対する神のイメージと重なるとしたら、非常に興味深いですね。